肺がん手術の経験

肺がん手術での入院時の経験についてメモを残しておきます。


ステージ1の肺がんで右上葉全切除、右下葉の部分切除をしました。

これまで入院も手術も経験が無かったので、ある意味色々なことが新鮮でした。

新鮮とはいえ、あまり面白い記憶では無いのが残念ですが。


驚いたのは手術翌日すぐに食事は出るし、一人で立ってみてくださいとか、歩いてみてくださいとか言われたことです。

いや痛いし苦しいんだけど、どうすんねん?と思いました。

でもこういう場所では言われた通りにするしかないですね。がんばって立って、がんばって歩いて、という風でした。食事はさすがに完食出来ませんでしたけど。


どなたかの参考になるかもしれません。

少し長くなりますが、以下、当時の日記からです。

~~~

<1日目>

術前説明。家族も参加。

右上葉の肩甲骨の裏あたりに14mmの腫瘍。S2と言われる部分にあり。

右下葉にも2箇所小さい何か。S6とS9と言われる部分にあり。Sはセグメントの略。

現時点では良性か悪性かも分からないため、手術は次の方針で行うよ、とのこと。

1.一番大きい腫瘍を術中に生検。

2.良性の場合は上葉と下葉の腫瘍のある部分のみを小さく切除して終了。

3.悪性の場合は上葉全切除+リンパ節と下葉の腫瘍のある部分を切除。

手術は胸腔鏡手術という方法で、2箇所穴を開けて器具をそこから差し込んでの手術。

但し、必要な場合はわき腹を開胸する場合もありえるとのこと。


<2日目>

造影剤を使ったCT検査。あとは術後のリハビリ目標値設定のため体力測定。

バランス、握力、歩行速度とその際の血中酸素濃度や心拍数、血圧等。


<3日目>

朝から肺の手術。

8:00くらいに手術室前室へ移動。他にも手術待ちの患者が多いことに驚く。小さい子も何人もいた。

少し待って呼ばれて手術室へ。

手術室はドラマで見るものとは違ってもっと狭く感じたし、あんなに明るい部屋でもない。

でも上には手術室です!っていう例の照明はあった。

自分で手術台の上へ移動。術衣を脱いで横向きに丸まってくださいと言われて丸まる。

背骨の近くに注射をするけど、これが異様な鈍痛があって痛い。あまりにも嫌な感じの痛みに痛い!と伝えるが、既に涙目。

本来は痛くないのが正解らしく、場所を少し変えてもらったら何ともない感じでセーフだった。よかった。

その後は腕から麻酔を点滴。妙にビリビリと血管が痛い感じがする。あとは口にマスクして少し会話したところまでしか記憶が無い。

次に気づいたらHCUという看護師さんだらけのベッドで、前に奥さんがちょこんと立っていた。こんにちは。

13:30くらいだったかな?8:00~13:30で手術して目覚めたということか。

麻酔が覚めた直後だったみたいだけど、普通に色々考えられるし会話もできた。体の痛みも特に感じず。

この時は意外に楽だったなと思っていたが、おそらく麻酔が強く残っていただけだったのか、その後が地獄だった。

一晩HCUで安静にということだったが、麻酔が切れてきたのか傷は痛んでくるし、姿勢変えられないので体中が痛くなるしで最悪。

熱もどんどん上がって38度~39度を行ったり来たり。とはいえ熱でどうのは一切感じず、ただただ痛い。

見えるところに時計があるけど、これがまた逆に拷問みたいに思えた。結構時間経ったかな?と見ても5分も経ってない。

眠ろうと思ってもとてもじゃないけど眠れない。結局一睡も出来ず。

時計を見ながら、どうでもよいこと考えながら、ひらすら朝を待っていた。


<4日目>

苦しみつつひたすら時間が経つのを待って朝。

傷の痛みと関節と筋肉の痛みと疲労で気力0。

体拭きますねーと真っ裸にされて体中拭かれても、嫌だなとか恥ずかしいとかといった感情すら湧かず、ただただしんどい。

ドクターの回診で水飲みテスト。上半身起こしてくださいと言われる。

いや苦しいんだけど・・・と思いつつ、がんばって起こそうとすると激痛。

あまりの激痛で呼吸困難になってまた寝込んでしまい、緊急で鎮痛剤点滴。

その後10分程度経ってリトライで何とかなったが、傷というか胸からのドレーンなのか、右脇が妙に痛い。水はなんとか飲めた。

次に車椅子へ移動してくださいと言われる。いやいやしんどいけどマジですか?と思いつつ相当苦労して車椅子へ。

なんとか車椅子に座ると、そのままレントゲン行きますと言われて移動。

今度は立ってくださいと言われ、これまたマジですか?と思いつつ気合いで立って胸のレントゲン。

色々終わって移動先はHCUじゃなくて普通の病室。あとは傷が癒えるのを待つ感じなのか。

ホースは鼻に酸素、左手首に栄養の点滴と動脈モニタ?右手首は予備の点滴?

右脇腹に胸腔ドレーンパイプ、背中には鎮痛剤の点滴、あとは尿管。とにかく紐だらけ。

ついでに寝るときは両足にマッサージ機。これだけ色々付けられるとまったく身動きできない。

ただ、病室では介護ベッドの角度調整ボタンを自由に押させてもらえたので多少楽だった。

夕方に少しリハビリ。今日何度目の無茶振りですか?と思いつつ5分ほど歩いたのかな?悲しいくらいによろよろしていて、人間こんなに汗が出るのかと思えるくらいに一瞬で汗だくになった。

お昼と晩にご飯は出たけど、お昼はとてもじゃないけど食べられなかった。

晩は少しだけ残したがそれなり食べられた。

落ち着いた後に傷を見てみると、どうやら胸腔鏡手術の穴が2つ、ドレーンの穴が1つ、加えて肋骨に沿っての開胸跡があった。

右上葉全摘になったので穴からじゃ出せなかったのかな?


<5日目>

多少なり眠ることも出来て、傷も落ち着いてきたのか、少し気楽になった。

鼻の酸素、右手の点滴口、左手動脈のなんちゃら、尿管が外れて随分気楽に。

しかし尿は薬の影響なのか全然出ない。水をがんがん飲む。その甲斐あってか夕方になんとか出た。

午前中にリハビリが予定されていたが、血圧が計測不可能なくらいまで下がっていて起き上がれず中止。

リハビリ担当の人がドクターへ問い合わせしてくれた様子。鎮痛剤の副作用の可能性ありとのことで点滴量を減らしてくれた。

昼まで少し横になって復活待ち。今日歩けないと足のマッサージポンプが外せないし尿管が再度必要になるかもと言われた。

午後で多少血圧復活。とはいえ上が90前後という見たことない血圧。

ただ、立ち上がることは出来たのでリハビリメニューをお願いした。なんとかメニューこなして終了。これで今日からフットポンプも不要に。

夕方には点滴も終了。これで残っているのは脇腹ドレーンと背中鎮痛剤のみ。

食事はそれなり食べられるようになってきたが便通は一切無い。聞いてみると鎮痛剤が胃腸の動きを抑制するらしい。

たまにゴロゴロ言うからまあ多少なりは活動しているんだろうけど、苦しくならないか少々不安。

朝飯と昼飯は少々残し。晩飯は術後初の完食。


<6日目>

ひたすらリハビリ。トライボール3つ浮くようになった。ただ、調子乗ってやっていると右脇痛くなるのでほどほどで止める。

午後でドレーンと鎮痛剤が外れた。やっと紐無し状態になった!すごく気楽。

ドレーンの傷跡は防水シートで塞いでもらえたのでシャワー浴びられるようになった。

3日ぶりのシャワーと洗髪。すっきりした。


<7日目>

リハビリ10分散歩×3セット。


<8日目>

リハビリ10分散歩×5セット。


<9日目>

主にリハビリ。歩行の後で自転車をやらせてもらったが血圧が上がりすぎて途中で中止。

身体は苦しい感じは無かったが上が170超えていた。術後はずっと血圧が少し高めの状態が続いている。

歩く時もそれなり血圧と心拍数が上がっているのでペースを少し落とすことを意識してくださいと言われた。

10分散歩での血圧上昇がちょっと怖くなったのでトライボールでお茶を濁す。


<10日目>

主にリハビリ。再度自転車。今日は少し上体起こし気味の姿勢&負荷軽めでトライ。なんとか10分漕げた。

身体が動くからといって動かしていると血圧と心拍数と血中酸素濃度があっけなく危なくなるのは分かった。

退院後の過ごし方を色々指南してもらう。

血圧が鬼門なのでリハビリでトレーニングする際は5分インターバルで血圧を測りながら続けてくださいとのこと。がんばろう。


<11日目>

退院!

リハビリ兼ねて病院から駅まで歩いてみた。結構苦しい。

肺活量戻ってくるまでは小走りすら無理だなってことはよく分かった。すぐに息が上がる。

先は長そう。


肺がん関係記事です。

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